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東京高等裁判所 昭和55年(ネ)1851号 判決

控訴人

益田孝

右訴訟代理人

小原卓

被控訴人

神奈川日産自動車株式会社

右代表者

廣田豊

右訴訟代理人

山田盛

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は控訴人に対し、金七五万円及びこれに対する昭和五三年三月三一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

四  この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一当裁判所も、控訴人主張の請求原因一及び三の各事実の存在を認め、また、控訴人主張の仮差押・差押・転付命令の効力は本件賃貸借契約上の賃料債権に及ぶと判断するものであり、その理由は、原判決理由第一及び第二の各記載(原判決九枚目―記録二六丁―表一行目から同一〇枚目―記録二七丁―表末行まで。)と同一であるから、これを引用する。

二被控訴人が、本件賃貸借契約成立に際し、菊地商会に対して保証金名下に金三〇〇万円を交付したこと、右保証金が、当時松林であつた本件賃貸借契約の対象土地を、樹木伐採、整地、アスファルト舗装、周囲の柵の設置、門扉の設置などにより中古車展示場としてふさわしい状態に変えるのに必要な金員であつたことは、当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、菊地商会は、将来右土地の返還を受けた後自らも中古車展示場として使用する意図があつたため、自己の責任において前記の整地、設備設置などを行なうこととし、その費用の出所を被控訴人に求め、しかも、後日本件賃貸借契約が終了し右土地の明渡しを得た際に、未払賃料その他右賃貸借契約に伴う損害金等があれば、これらを右保証金から差し引き、その残額を被控訴人に返還する旨を約して、右保証金の交付を受けたことが認められる。右事実によれば、右保証金は、いわゆる設備協力金として被控訴人から菊地商会に貸し付けられた融資としての面を有すると同時に、被控訴人の延滞賃料、債務不履行に基づく損害賠償などの担保であつて、いわゆる敷金としての性質をも有するものと解されるが、利息、弁済期等について特に定めのない以上、右保証金は敷金であると認めるのが相当である。

三本件賃貸借契約には、貸主、借主のいずれからでも三か月前に書面をもつて相手方に通知することにより解約することができる旨の特約があり、被控訴人が、右特約に基づき、菊地商会に対し、昭和五二年九月三〇日到達の書面をもつて本件賃貸借契約を解約する旨通知したこと(従つて、右賃貸借契約は、同年一二月末日限り終了した。)及び被控訴人が、控訴人に対し、昭和五三年二月二一日到達の書面をもつて、昭和五二年七月から一二月までの賃料合計七五万円を前記保証金三〇〇万円の一部として充当する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがなく(なお、被控訴人が、昭和五三年一月一七日頃本件賃貸借契約の対象土地を菊地商会に明け渡したことも、弁論の全趣旨を通じ当事者間に明らかに争いがない。)、右充当の意思表示は、右保証金返還請求債権と右賃料債権とを対当額で相殺する旨の意思表示と解して差支えない。

しかし、右保証金は、前記のように敷金と認めるべきであり、敷金は、賃貸借終了後賃貸土地の明渡がなされた時において、それまでに生じた延滞賃料もしくは賃貸借終了後右明渡までの賃料相当損害金などを控除してなお残額がある場合に、はじめてその残額につき敷金返還請求権が発生するものである(最高裁昭和四八年二月二日第二小法廷判決、民集二七巻一号八〇頁参照)から、被控訴人の右保証金返還請求債権は、被控訴人が菊地商会に本件賃貸借契約の対象土地を明け渡した昭和五三年一月一七日頃以前には、未だ発生していないものというべきである。従つて、被控訴人主張の右保証金返還請求権は、控訴人申請の昭和五二年六月八日付仮差押決定による菊地商会の被控訴人に対する賃料債権の仮差押以後に取得しうべき債権であるから、民法五一一条の規定により、被控訴人は、右保証金返還請求債権に基づく相殺をもつて控訴人に対抗し得ないものといわなければならない。

被控訴人は、民法五一一条にいう支払の差止に仮差押は含まれないと主張するが、民事執行法附則三条による改正前の民訴法七五〇条三項、民事執行法一七八条一項の規定に照らし右主張は採用できず、又、右仮差押当時保証金返還請求債権が発生していなかつたとしても、保証金返還に対する期待は法的に保護されるべきであるから、相殺との関係においては、右債権が既に発生していた場合と同視すべきであると主張するが、右主張もまた前記認定に照らし採用し難い。従つて、被控訴人の抗弁はいずれも理由がない。

四そうすると、被控訴人は控訴人に対し、差押・転付命令にかかる賃料合計七五万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和五三年三月三一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるから、控訴人の本訴請求は理由があり、これを認容すべきである。

よつて、これと異なる原判決を取り消すこととし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(田宮重男 新田圭一 真榮田哲)

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